持続可能な農業 - 農業環境

言葉の意味を考える

2 10月 2017

ここしばらくの間 ”ナチュラルワイン” に関して読んだり、聞いたりし ては驚いたり失望したりだが、特にその中で使われる用語には本当にがっか りさせられる。 ここで、多用される言葉の意味を読者諸氏と再確認したいと思う。

ブドウ畑の蝶は環境バランスが保たれている証拠

自然:それは常に身近で起きている食物連鎖における競争や格闘、捕食や 生存、そして発展など我々の身近で絶えず起きていることを意味するのであ って単に美しい絵空事ではない。農業とは人間が土地を占有することであ り、自然に及ぼす悪影響は様々だ。かたや栽培作物、もう一方は雑草という 対立も生み出した。自然とは場所よって変化し、病気も含めて遺伝的形質も 変質するというとても流動的なものだ。ロマンティックで空想的な振る舞い もほどほどにして、実際に畑に出て人間がどれだけ自然に対して問題を引き 起こしてきたかも思い起こした方が良いだろう。

化学:否定的で忌み嫌うようなことを語る際にしばしば使われているが、生 命現象を解明するのは化学や生化学だということを忘れてはならない。化学 とはとても魅力的な学問であり学ぶことが多い。生化学反応の驚くべき一例 として、ブドウがワインとなり、最終的に最も安定した形であるワインビネ ガーへと変化する様を見ればそれを司るエネルギーを理解できるだろう。 もし人間がこの変化に不適当な化学反応で介入すれば、化学の信頼を揺るが すこととなる。

春の訪れ
接木

生物多様性:最近どの分野でもよく使われる流行りの魔法の言葉。今にな って突然出て来たような言葉だがそんなことはない。わずか 1g のホコリの 中に 1000 匹のダニがいることも知らなかったわけではあるまい。土の中は 無の世界どころか生命であふれ、物理的、化学的なそして微生物的反応が絶 えず起き、それぞれが複雑に絡み合い影響しあっている。 生物学的多様性とは原初的段階であって活動的な状態だが、農業の目標が最 小の労力支出と最大の利潤獲得に設定されることでその状態は変わってしま う。食糧生産で人間が作り出す障害を深く理解するのは簡単ではない。口先 だけで生物多様性の大切さを語るのではなく、それを実際に回復させるため に真剣に取り組むべきだ。

ぶどう畑の草刈り

抵抗:何に対する抵抗なの全くわからない。第一、ワインもぶどうも人間 の存在など感じてはいない。我々は時として農業に関するようでいて、実は 全く関係のないホラ話の類に魅力を感じてしまうようだ。生産者グループ同 士で争うのは止めにして、自然なワインの規定や制度作りに関して真摯に対話が出来るように、地域や州の、さらには全国レベルの、信頼の置ける機関 を作ることを考えた方がより建設的であり、自然なワインに関する法制化に とっても役立つだろう。しかし対話を始めるには団結して議論に参加する用 意なければならない。「自然なワイン」にふさわしい言葉を見つけるのが重 要なのではない。我々のワイン􏰀りでのエゴイズムを変えることが先ず必要 であり、自然な方法でのワイン作りが経済的に持続可能であることを実際に 証明することが目的なのだ。

最後に「職人」(Artigianato/アルティジャナート)という言葉の本 当の意味を考えてみたい。ラテン語の Artes を基にするこの言葉は、経験に よって得られた知識と技術を基にした物作りを意味し、家族もしくはごく少 人数で大部分を手仕事により一点物を産み出すための経済活動である。国際 金融システムにより虐げられているギリシャ(だけでもないが)だが、ロー マの詩人ホラティウスの残した言葉は今のギリシャをわずかでも元気付ける かもしれない。

”Grecia capta ferum victorem cepit et artes intulit agresti Latio”

(ローマに)征服されたギリシャは粗野な勝者を虜にし、田舎のラツィオに多くの職人技をもたらした。

この言葉を今の時代に当てはめると、「大量生産の画一的な物作りに執着し ても意味がない」と解釈できる。経験から培った技能を、つまり職人技を守 り続けることが重要なのだ。ワイン職人にしか出来ないワイン􏰀りをこれか らも続ける事の価値はとてつもなく大きいのだ。

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